デス・オーバチュア
第98話「光の射手」


その存在は全ての者にとって予想外だった。
喜劇の脚本家にして黒幕だったノワールにも、演出家たるコクマの所有する未来と運命を見通す女神アトロポスにさえ、その存在は関知できていなかった。
なぜなら、シルヴァーナ・フォン・ルーヴェなどという人間はこの世に存在しないからだ。
シルヴァーナ・フォン・ルーヴェは故人、もうこの世に存在しない者の名に過ぎない。
ゆえに、誰一人として彼女の存在を関知、認識することも、予測することもできなかった。
時間、運命、ありとあらゆる枠からはみ出した、イレギュラーな存在、存在しないはずなのに確かにそこに存在する者……それが滅んだ皇国で銀の皇女と呼ばれし薄幸の美女……白銀の亡霊シルヴァーナ・フォン・ルーヴェだった。



「さあ、まずは誰が相手をしてくれるのかしら?」
シルヴァーナは舞うような軽やかな足取りでノワールの傍から離れると、周囲を改めて見回す。
正面には、タナトス、アンベル、リセット、ランチェスタ……あと二人ほど誰か居た気がしたが、いつのまにかこの室内から正面の四人以外の存在は消え去っていた。
「やはり、ここは……『姉様』にお願いしようかしら?」
シルヴァーナは無造作に右手を正面に突き出す。
『まずいっ!』
「……っ!」
「んっ!」
タナトスを除く三人の反応は速かった。
シルヴァーナの掌が銀色に光った瞬間、リセットは自分とタナトスを包み込むように虹色の幕を生み出し、アンベルは遙か横に逃げるように跳び、ランチェスタは白銀の十字架を手元に引き戻す。
直後、銀色の閃光と爆音が空間を支配した。
巨大な十字架ごとランチェスタが横に弾き飛ばされ、タナトスとリセットを包み込んでいた幕はガラスのように儚く砕け散る。
何がおきたのか、もっとも正確に確認できたのは、真っ先に横に逃れたアンベルだった。
シルヴァーナが右手の掌から無造作に銀色の光輝を撃ちだしたのである。
銀光は、白銀の十字架を盾代わりにしたランチェスタを、その十字架ごと弾き飛ばし、背後に居たタナトス達を守る七色の幕をあっさりと破壊した。
「……なんだ、今のは……?」
タナトスとリセットにはダメージは無い。
七色の幕が粉砕された際に謎の銀光は丁度その威力を失っていた。
『死ぬほど単純なものよ……』
リセットの声には遊びや余裕が無くなっている。
「単純?」
『ええ、ただ無造作に魔力を撃ちだしたのよ。魔術として組み上げるでもなく、ただ単純に魔力そのものを弾丸……いえ、光線としてね』
「……それは凄いことなのか?」
魔術師でも魔法使いでもないタナトスにはいまいちピンとこなかった。
『行為自体は魔術師なら誰でもできるぐらい簡単なこと……でも、普通魔術師は誰もそんなことはしないわ』
「……なぜ?」
『それは……つっ、二発目が来る!』
リセットの叫びと同時にタナトスは跳躍する。
銀光はタナトスが一瞬前まで立っていた場所を突き抜けていった。
「ふふっ、クロスティーナが無理をしてくれたおかげで、出涸らしの魔力しか残ってないわね……とっ」
突然、シルヴァーナの目前で激しい光が弾けた。
「あっちゃ〜、『矢』が通りませんか?」
声は遙か上空から。
シルヴァーナは空……遙かな天井を見上げた。
そこには、ローブの裾を翼のように広げたアンベルが君臨している。
「では、もうちょっと試させてもらいましょうかっ!」
アンベルの声が響いたかと思うと、無数の光弾が雨のように降り注いだ。
『ちょっと……』
「つっ……」
タナトスはリセットと共に後方に跳び退さる。
「あははははははははは〜っ♪」
光の雨の爆撃音にも負けないアンベルの楽しげな高笑が聞こえてきた。
『絨毯爆撃!? あいつ、私達まで纏めて吹き飛ばす気なの!?』
「……あれも、魔力を撃ちだしているのか? 魔術師?」
『……いや、だから魔術師は本来そんな戦い方しないってば……絶対おかしいわ、あの二人……』
休むことなく光弾の雨を降り続けさせるアンベルも普通でなければ、対するシルヴァーナも常人ではない。
シルヴァーナの頭上には見えない透明な『傘』でもあるかのように、降り注ぐ光弾を全て遮っていた。
「まさに『矢継ぎ早』といったところね。美しい見事な弓さばき……」
シルヴァーナは無造作に右手を頭上に向ける。
その指先に清らかにも、禍々しくも見える銀色の輝きがゆっくりと宿っていった。
「……斉!」
シルヴァーナの一声を合図に銀光の対空砲火が始まった。
自然の法則に反するかのような、地上から空に向かって降り注ぐ銀色の雨。
金と銀の雨は丁度中空で対消滅を繰り返し、互いの標的にはいつまで経っても辿り着くことができなかった。
「馬鹿げてる……」
呟いたのはいつのまにか、室内の入り口に姿を現していたエランである。
「エラン?」
「タナトス様、魔術師の名誉のために言っておきます。彼女達は魔術師でも魔法使いでもありません」
エランは、アンベルとシルヴァーナの戦いを眺めながら、タナトスにそう告げた。
「……違うのか? どういう風に?」
「アンベルはあくまで弓士(ハンター)です。彼女の手元を良く見てください」
タナトスは言われたとおり、遙か上空のアンベルを凝視する。
常人とは桁違いの視力で、さらにアンベルの手元を凝視すると、彼女の手元が竪琴か何かを弾き鳴らすかのように高速で休まず動き続けているのが解った。
「光輝でできた……弓と矢……?」
「ええ、あの光輝が闘気なのか魔力なのか、それとも未知のエネルギーなのか解りませんが……一本一本、ちゃんと矢を作り出して、射ちだしています」
「……なるほど……確かに馬鹿げているな……」
弓矢を射る速度も、弓矢の威力も異常である。
何しろ、矢の一本一本が、矢というより大砲のような破壊力だった。
『そう? リセットちゃんにはあっちの方が化け物に見えるけどね……』
あっちというのはシルヴァーナのことである。
「そうなのか、リセット?」
『要するにあのアンベルってのは『ロボット』なんでしょう?』
「ロボット?」
『えっと、タナトス達の言葉で言うと自動人形? 機械人形? とにかくあの光輝の矢も未知のエネルギー、未知のメカニズムってことで納得できなくもない』
「あなたの言いたいことは解ります。アンベルの力は機械、未知のエネルギーと言い訳的な説明がつきます……ですが、クロスの方は……」
『ええ、正真正銘、『魔力』を撃ちだしてるのが不自然……ぶっちゃけありえないのよ!』
二人が気にしていることが、なんとなくタナトスにも解ってきた。
「確かに、あの魔力量は異常です。並の魔術師なら五、六発で全魔力を使い切るような魔力砲(まりょくほう)を雨のように休まず撃ち続けている……」
シルヴァーナは魔力を湯水のように……尽きることのない無尽蔵のもののように使っているのである。
リセットやエランにはそれが信じられなかったのだ。
「確かに、クロスは常人の数倍の魔力総量をしていた……だからといって、あんな使い方をしていたら、五秒と保つはずがありません」
『あんな馬鹿な魔力……エナジー消費ができるのはそれこそ魔王ぐらいよ』
金と銀の雨の撃ち合いは、こうしてタナトス達が話している間も休むことなく続いてる。
『さしずめ、魔法使いならぬ『魔砲』使いってところかしらね。魔力量だけじゃなくて、あの威力も……根本的におかしいわよ! 実は人間じゃなくて、魔導砲が人間に化けてるんじゃないの!?』
魔導砲というのは、魔導時代に使われた兵器で、城を……あるいは国すら一撃で吹き飛ばすような超巨大な大砲である。
魔導機……魔導で動く巨人や巨城に装備されていた……とコクマに子供時代に雑学として聞かされていた。
「…………」
金と銀の雨の均衡はいまだに崩れる気配が見えない。
どちらかの魔力……アンベルの方は魔力でないかもしれないが……が切れるまでこの均衡は続きそうだった。
この均衡のとれた戦闘に下手に介入はできない。
タナトス達はそう判断し、雨の届かない室内の出入り口付近の壁際に退避していたのだが、積極的に介入しようとする者もいた。
影が室内中に走る。
シルヴァーナの足下の影からいきなりバーデュアが飛び出した。
「HAHAHAHA! 油断大敵ネ!」
バーデュアは二丁のショットガンをシルヴァーナの懐……超至近距離で迷わず発砲する。
絶対に外すはずのない必殺の間合いだった。
銀光一閃。
「NO? NOOOOOOOOOOOOOOOっ!?」
バーデュアの両手が二丁のショットガンと共に粉々に砕け散っていた。
「これが人を斬る感触?……いえ、人ではなく人形かしら」
シルヴァーナはいつのまにか石できた大剣を左手で逆手に持っている。
シルヴァーナは、右手でアンベルに対しての対空砲火を続けながら、左手の大剣の一閃で弾丸もショットガンもバーデュアの両手も全て粉々に打ち砕いたのだ。
「バーデュアちゃん!?」
妹の無惨な姿を目撃し、アンベルの光雨が一瞬だけ途切れる。
「上手く避けなさいっ!」
今までの銀光とは桁違いの速さと鋭さの銀光がアンベルを掠めた。
その銀光の正体は石の大剣。
石の大剣は直撃でないにも関わらず、アンベルの腹部の大半を剔り取っており、そのまま天井に深々と突き刺さっていた。
その速さと鋭さから考えると、寧ろ、天井を貫いて天へと消え去なかったのが不思議なぐらいである。
アンベルは力を失い落下した。
受け身も取れず地上に激突し、無惨な姿を晒す。
腹部は大半が無くなっており、上半身と下半身は薄皮一枚で繋がってようなものだった。
床を染める赤い液体は、どう見ても人間の血のように見える。
だが、確かに人間にはあるはずのない、小さな機械や金属の破片も、アンベルの周りに散乱していた。
突然、影が蠢く。
影から伸びた無数の手が、アンベルとバーデュアを捉え、一瞬にして影の中へと引きずり込むと、床を埋め尽くしていた影は全て消え去った。
「フフフッ……慌てて隠さなくても、別にトドメなんて刺さないのに……」
シルヴァーナは楽しげに笑うと、左手を天にかざす。
柄の部分まで深々と天井に突き刺さっていた石の大剣が独りに抜け、シルヴァーナの左手へと吸い込まれるように戻っていった。
「確かにトドメなど刺す気もないであろうな。何せ、直撃させたら人形を跡形もなく粉砕してしまうので、わざと狙いを外し、声をかけることで回避の機会まで与えたのだからな……」
今までこの場には存在しなかった新たな男の声。
「兄上!?」
「……あら、お久しぶりですわね、ザヴェーラ……兄様……」
「ふん……」
闇の皇子ザヴェーラは、まるで最初からこの場に居たかのように、威風堂々と室内の真ん中に立っていた。








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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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